白々しい

 

生きているという実感をどこで得るのか。 私は自分自身の言語が言葉ではなくなった瞬間に、心臓が動く感覚がする。ああ、生きているなと思うし、これが私であると自分自身のことも認識する。だから芸術が好きで、そばにいたいと思う。

言葉を扱うことは好きだ。意図しない方向にひとりで歩いて行ってしまったりするところも含めて愛おしいと思う。と同時にやはり言葉を扱うということはとても難しく、わたしには到底扱いきれないと思う。魔法みたいだ。話せば思っていることが伝わる、なんてことはきっと嘘で、他人の言葉の意味が、そこに含まれる意図が、正確にわかることはないのだろう。汲み取るということがきっと私たちには大切だ。

結局、芸術でも生活でもなんにせよ言葉は大切で 切り離せないものだからこそ、適切な言葉を使えるようになりたいと思う。 この話をすると、やはり写真は芸術になるのかという話をしたくなる。現代における写真とは、そもそも芸術とはなんなのか。藝術 アート 言葉でみるとなんだか仰々しくて苦手だけれども、この話で夜通しお酒を飲んでいた学生時代がひどく懐かしく思う。話がしたい。足りない日々だ。 

 

 

どっどどどどうど

 

新年 というテンションは一晩で終わり、通常通りの生活 流れに身を任せている。 風が窓をたたく音がする、気がする。

私がこれまで生きてきた平成が終わる。時代が終わるということが今ひとつ分からないので、今回経験できることを嬉しく思う。これから先のことなんか知る由も無いので明日明後日の話をしてほしい と思ってしまう毎日には変わりはないが、暗いイメージを持たれている平成を払拭するかのような、フレッシュレモン!みたいにはじけた時代が来てほしいとも思う。来たれ、爽快さ。

カチカチと音を鳴らしていたものは消え、大概のものはサラサラと流れるものに変わった。時計も携帯電話の文字も、あの頃よりはさらっとしている。実体はどんどん消えていくんだなあと思う。最近はもう見えないものばかりで、感じれないものばかりだ。近くにいなくても、そばにいれるようにはなったが、それでも体温がやっぱりほしいので近くにいたい。

かたちのないものを、かたちのない努力や情熱でかたちにしていくことが なんちゃらかんちゃら、と働いている会社の理事長が新年の挨拶で話をしていて、見えないものを見えるようにするのも人間なんだなあと思った。 愛だの恋だのも人のことを見て学ぶんだろうし、自分のことも人のことを見て学ぶんだろう。 私も誰かにとってはみえないものをかたちにしているのかもしれないと思ったら、少しだけ嬉しくなった。

 

文字の羅列、今日はここまで。 有難う。2019年も好きに生きていこうね。

夢はない 予定はある

 

何がいけなかった、なんてきっとないんだと思う。 なんの脈絡もないけれど、言いたくなった。 人生は後悔だらけ、置いてきてしまったものは取り戻せないし、時間も進むだけなので、私たちに出来ることは後悔しかない と私は自分自身の大きな後悔をこの言葉で正当化している。それしかないのだから、それしかできないのだから、後悔することを後悔したくない。

ふと自分の年齢のことを考えて、大人と呼ばれる歳になってまだ数年しか経っていないことに気が付いた。 日々は一瞬で過ぎるが、思っているよりだいぶ人生は長いようで、先週のことのように思い出せることがもう1ヶ月前の出来事だった なんてことはザラだ、よくある。 生活は相変わらず難しい。これからが長いことを考え始めると気が狂いそうになるので、あんまり考えないようにしている。明日のお弁当の中身を考えるくらい、それくらいが丁度いい。 

俺たちっていつかさあ 結婚とかすんのかなあ 子供とかできてさ、庭付き一戸建てとかをローン組んで買ったらできた気になるかな って最近毎日聴いてる歌の歌詞、すごく気に入ってて毎回この部分で泣きそうになる。 痛い。 この歌詞を書いた彼はもうすでに亡くなっていて、だからこそ余計に沁みるのかもしれない 不可思議/wonderboy 検索してくれ。 

 

2017年8月24日に書いたままで下書きにずっと眠っていた。読み返したらやっぱり今の自分と変わっていなくて笑ってしまった。そんなもんだよな。そんなもんだ。

夏が終わる話をいつまでもしていたい

 

自分の耳の付け根を見てみたい。 自分のことなのに自分が一生見れないであろう部分に惹かれる。自分が見えない部分こそが自分なのではないかと思ってしまうので、他人の耳の付け根あたりはガン見しがち。なんて話はどうでもいいのだ。

 

すっかり夏が終わる空気が漂っているね。やっぱりあっという間。やりたかった花火も海も祭りも今のところ一切してないね。 この ああ、出来なかったなあ っていう後悔が夏を夏にしている気がする。 仕事終わりの猛ダッシュ、目の前で行ってしまうバスほど虚しいものはない。凹む気持ちを紛らわすようにコンビニに入ってアイスを買った。 

坂道を下っていたら白髪のおじさんが自転車でヨロヨロ蛇行しながら登ってきた。 坂道を自転車で登るの難しいよね。寒くて長袖カーディガンを着ている私と、ノースリーブハーフパンツのおじさんがすれ違った。すれ違いざまにおじさんが森山直太朗の夏の終わりを歌い出したので、私は驚いて立ち止まってしまった。 そうだな、夏は終わるよな とおじさんに心の中で返してまた歩き出した。嘘のようで本当の話。 

足に止まった蚊を叩いたらストッキングが自分の血で汚れた。季節がもう終わってしまうからきっと蚊も必死だったんだね ごめんよ。 痒いぜ。