ひか って いた

 

神様なんていないよ 

そう言いながら過保護になるほど大切にしていた

あのバンドの音楽はきっと君にとっては

神様みたいなものだったんだよね

どうしようもないほどに途方にくれた夜 

イヤホンから流れる苦しいほどの愛

もう聞き飽きてしまったそのことばも

今となっては君の優しさだったとわかる

 ひっそりと立てた誓い

あっけないほど脆く崩れていったね

 ため息の合間 わかってた、

君はもう僕の名前を呼ばない

 

からんと音を立てた氷 

汗をかいたコップには君が作った

僕の家のものより薄い麦茶

クーラーは嫌いだから、ってうだりながら扇風機 

宇宙人ごっこ 今は昔

 

 気持ちを前にしてことばが詰まる

嘘になる前に言ってしまいたい

 

ひかっていた

 

どこまでだって、いけるよきみは

 

全く笑わない子供だった、という記憶に支配されて、大人になった今でも自分がよく笑うと言われることに疑問を持っている。 どちらかというと過去に支配されがちで、どうしようもない後悔に殺されそうになることがよくある。 と言いつつ、寝たら大抵のことは忘れて毎朝元気に挨拶ができるのでよくできた脳みそだと褒めてやりたい。 

タンスの中から幼い頃に読んだ本が出てきた。 良いと思った言葉に細い付箋を貼りながら読むのにハマっていたようだ。まるでサボテンのようにトゲトゲになった本を撫でて、埃をはらった。初めて訪れる街の人気のない深夜の駅へ降り立つように目を凝らした。所在ない焦りが、突き動かす。あれもこれも、これまで行った何もかもが不足だったと感じる。そうだ。そうなんだ。あらかじめ決められたものが僕らにはある、けれども、けれどもだ。言いたいことも、やりたいことも、この先どんな名前が欲しいかなんて欲もない。 なんにもないけど、なんにもないわけではない。どうでもいいと言いつつ、全然どうでもよくない。 

狭いな、窮屈だな、退屈だ、と思ってしまうのは、自分の世界が狭いからだ。夏だし、窓を開けるところから始めよう。どこまでだって いけるよきみは。

 

 

すこやかな生活

 

根拠のない 大丈夫 が無性に聞きたい夜がある。

どんなにボコボコに凹んでも、それは通過点でしかなくて、結局時が過ぎればしょうもないただの点になるということを私は知っている。 だから何も悩む必要はないのだ。 わかっている、わかってはいるけれども、心中穏やかではない。 

すこやかでおだやかな生活がしたい。動物と暮らして、笑いながら仕事をして、毎夜味噌汁の湯気を眺めながら手を合わせ、今日あった些細な出来事を話したい。 夜は早めに眠りにつきたい。 朝日を全身で浴びたい。 

落ち着いたら、と思うのはやめにした。人生、きっと落ち着くことはないという事を何となく悟ったので、わたしは走りながら考える術を身に付けなくてはならない。 わたしたち、生まれた時からもうすでに始まっていて、そして終わりに向かっているのだから。

白々しい

 

生きているという実感をどこで得るのか。 私は自分自身の言語が言葉ではなくなった瞬間に、心臓が動く感覚がする。ああ、生きているなと思うし、これが私であると自分自身のことも認識する。だから芸術が好きで、そばにいたいと思う。

言葉を扱うことは好きだ。意図しない方向にひとりで歩いて行ってしまったりするところも含めて愛おしいと思う。と同時にやはり言葉を扱うということはとても難しく、わたしには到底扱いきれないと思う。魔法みたいだ。話せば思っていることが伝わる、なんてことはきっと嘘で、他人の言葉の意味が、そこに含まれる意図が、正確にわかることはないのだろう。汲み取るということがきっと私たちには大切だ。

結局、芸術でも生活でもなんにせよ言葉は大切で 切り離せないものだからこそ、適切な言葉を使えるようになりたいと思う。 この話をすると、やはり写真は芸術になるのかという話をしたくなる。現代における写真とは、そもそも芸術とはなんなのか。藝術 アート 言葉でみるとなんだか仰々しくて苦手だけれども、この話で夜通しお酒を飲んでいた学生時代がひどく懐かしく思う。話がしたい。足りない日々だ。