おひめさまに見えた

 

 

スーツを着たサラリーマンがしゃがみこんで、エメラルドグリーンのワンピースを着た小さな女の子と一緒に絵本を選んでいた。  お父さんと娘のごく普通な絵面なんだけれど、やけに体内に響いて 退勤ラッシュの人の波に逆らって歩いてたら泣けてきた。 首を90度に折って真下を向いて歩いたからきっと バレてはいないね。 膝によったスーツの皺が、日に焼けた細い腕が愛しいね。お姫様だったね 君も私も、みんなきっと。

 

 

ゾンビになった君へ

 

拝啓   という言葉からはじまる手紙を書けるほどの頭はないことを忘れていたまま、書き始めてしまいました。 君はゾンビになってしまったけれど、文字はまだ読めますか。僕のことはわかりますか。

 

僕らが住んでいたあの街は、もうすっかり人間がいなくなってしまって、僕は引越しを余儀なくされました。いつだったか、2人 公園のブランコで 5時間 喋りっぱなしだったことを思い出しました。 これは僕にとっては思い出だけど、君にとっては もう情報でしかないのかな。 

僕は人間でいたいと思っているんだけれど、どんどんゾンビに近づいているような気もするし、そうじゃない何かになっていく気もするんだ。 進化も退化も何だかんだ紙一重で、正解なんて全くわからないね。

そういえば、君の頭は今どうなっているのかな。僕の周りのゾンビはみんな頭をハードディスクにするための手術をしていて、びっくりするくらいの記憶力だよ。もはやあいつらの頭が真実だ。僕なんて全然勝てない。あいつらは動物みたいにテレパシーとかで交流してるから、僕は仲間に入ることができなくて悲しい。 あいつら喋れないし、目も見えない。でも全部、全部頭の中にあるんだ。見ようと思えば何だって見れるんだ。

 

ゾンビになった君のこと、まだ僕は友達だと思っています。僕がゾンビになるのも時間の問題かもしれないし、このまま一生ゾンビにならないかもしれない。 僕の記憶は僕の頭の中だけにあればいいと思うし、それを少しずつ忘れていってしまうことも 別に悲しくなんかないんだ。 昔のことなんて 正しく思い出せなければいい、とさえ思うよ。

でも君はゾンビになってしまったね。ゾンビの生活はどうだい? そこは怖くないか、暗くないか? 真実は時に残酷だっていうけど、君にはもう残酷とか、感情っていう概念すらもないのかな。

今度最近面白かったこと、教えてよ。僕だって一応パソコン使えるようになったから、URLくらい 開けるようになったんだ。 いつかまた、笑い合えたらいいなと思っているよ。 僕がゾンビになるのが早いか、君が人間に戻るのか早いか。なんてね。僕の記憶の全てが、存在の全てが、カメラロールの中になってしまわないように 僕も頑張って生きます。

 

また手紙書くね。

届かなくても 読めなくても 僕だけはこの手紙の存在を忘れないから 大丈夫だよ。 またね。

 

 

 

なんにもないね

帰り道、失くしたものを思い出していたら無性に悲しくなって泣いてしまった。 家の近くの街灯が切れていて、いつもの道が違う道みたいにみえた。 

 

みんな何を求めて携帯を見ているんだろう、と素朴な疑問をずっと抱いている。なんで、なんで?と聞き出したら きっと世の中キリがないし、全てに理由を求めてしまうほど子供でもない。

携帯を握りしめてインターネットに繋いで、必死に手繰り寄せるその情報は本当に必要なものなのかなあ。 SNSのせいにしてごめんね、と思うけれど SNSのせいで悩まなくてもいい悩みが増えたし、知らなくてもいいことを山ほど知ってしまったよ。 

知人は毎日毎日育児の愚痴家庭の愚痴を言っていて、ある知人は毎日毎日残業残業 仕事がつらい と言っている。 そうだよね、つらいよね なーんて私にはわからないけど、毎日見てるからわかるよ、うんうん。わかったふりだけめちゃくちゃうまくなってる。

でもね、家庭を持つことへの恐怖も社会へ出ることへの恐怖も、全部全部 それに直面してから知ればよかったことだと思うんだ。 今知ったところで無駄な悩みでどうしようもないことなのにね。わたしが真面目に色々感じ取りすぎてるだけなのかもしれないけど笑

 

朝、目覚ましがなって起きて、うつらうつらしながら携帯を握りしめてSNSをチェックするのが もう癖のようになっている。  ここには何もないよとわかってから、この癖が嫌で嫌で仕方がない。私は私自身を少しでも生き易くするために、生き辛さの根元から離れていきたい。 希望をくれ。

親指でちょちょいと打った言葉なんかいらないので、同じ空気を吸いたいよ。 

あの日の100万円

 

言葉にすると なんてありふれていて 陳腐なんだろう 。

と思うことがたくさんある。 泣いて泣いて悲しかった出来事もたくさん笑って面白かったことも嬉しかったことも、誰かを思う心境も、気持ちの大きさとは相反して言葉にするとちっぽけで短い。 

 

ふと、幼い自分があの日100万円をカバンに忍ばせて、隠れるようにして急いで家に帰ったことを思い出した。銀行のATMで大金をおろすことはまるで悪いことをしているみたいだった。 でもやらなきゃいけなくて、走って銀行に行って、逃げるように帰ってきた。

100万円なんて生きてりゃすぐ消えていく。生きてるだけで、消えていく。稼ぐことは労力がいるし大変なのに、消費するのは一瞬だ。 私たち、生きているだけでお金がかかるのね  なんてわかったふりをして、今日も「しょうがないね」ってつぶやく。