ゾンビになった君へ

 

拝啓   という言葉からはじまる手紙を書けるほどの頭はないことを忘れていたまま、書き始めてしまいました。 君はゾンビになってしまったけれど、文字はまだ読めますか。僕のことはわかりますか。

 

僕らが住んでいたあの街は、もうすっかり人間がいなくなってしまって、僕は引越しを余儀なくされました。いつだったか、2人 公園のブランコで 5時間 喋りっぱなしだったことを思い出しました。 これは僕にとっては思い出だけど、君にとっては もう情報でしかないのかな。 

僕は人間でいたいと思っているんだけれど、どんどんゾンビに近づいているような気もするし、そうじゃない何かになっていく気もするんだ。 進化も退化も何だかんだ紙一重で、正解なんて全くわからないね。

そういえば、君の頭は今どうなっているのかな。僕の周りのゾンビはみんな頭をハードディスクにするための手術をしていて、びっくりするくらいの記憶力だよ。もはやあいつらの頭が真実だ。僕なんて全然勝てない。あいつらは動物みたいにテレパシーとかで交流してるから、僕は仲間に入ることができなくて悲しい。 あいつら喋れないし、目も見えない。でも全部、全部頭の中にあるんだ。見ようと思えば何だって見れるんだ。

 

ゾンビになった君のこと、まだ僕は友達だと思っています。僕がゾンビになるのも時間の問題かもしれないし、このまま一生ゾンビにならないかもしれない。 僕の記憶は僕の頭の中だけにあればいいと思うし、それを少しずつ忘れていってしまうことも 別に悲しくなんかないんだ。 昔のことなんて 正しく思い出せなければいい、とさえ思うよ。

でも君はゾンビになってしまったね。ゾンビの生活はどうだい? そこは怖くないか、暗くないか? 真実は時に残酷だっていうけど、君にはもう残酷とか、感情っていう概念すらもないのかな。

今度最近面白かったこと、教えてよ。僕だって一応パソコン使えるようになったから、URLくらい 開けるようになったんだ。 いつかまた、笑い合えたらいいなと思っているよ。 僕がゾンビになるのが早いか、君が人間に戻るのか早いか。なんてね。僕の記憶の全てが、存在の全てが、カメラロールの中になってしまわないように 僕も頑張って生きます。

 

また手紙書くね。

届かなくても 読めなくても 僕だけはこの手紙の存在を忘れないから 大丈夫だよ。 またね。